職場で思うような働きが出来なくなり、糖尿病の診断を受けた頃、
自暴自棄になっていたように思う。
そのままの勢いで妻との関係を離婚まで進めてしまったのも、
自分の人生に未来が見えなくなっていたからに過ぎない。
離婚したから不幸に感じたのでは無い。
病気とちゃんと向き合わなかったから、自ら不幸を招き入れてしまっただけなのだ。
二年前に家族と会話を交わした記憶を探してみても、何一つ出てはこない。
離婚してしまった今の方が、よほど家族らしい交流があるのだから不思議だ。
これも、真摯に食事療法に取り組むようになったからなのだろう。
円満離婚だったが、やり直せるならやり直したいのが本音ではある。
子は鎹(かすがい)、たまに家に来てくれる娘は妻のところにも顔を出しているようだ。
立ち直りつつある私の姿を、娘の目を通して伝わってくれると良いのだが。
このサイトを見て、食事療法が簡単だと感じてしまう方もいるだろう。
しかし、想像してみて欲しい。
目の前にある飲み物を「飲んではいけない」、いきなり行動が制限されるのだ。
ほとんどの方が「そんなことは問題無い」と思うはずなのだ。
そう、私もその一人だった。
しかし、いざ食卓と向き合ってみるとどうだろう。
それまでほとんど口にしたことも無い清涼飲料水ですら、
とても魅力的なものに見え、大好きなメニューなら、
なおさら食べずにはいられなくなる。
厳しい制限を課せられることで、それまでに無かった欲求が生まれてしまう。
ここに食事制限の難しさがあるのだ。
当然、精神的にストレスもかかる。
しかし、当時の私はこのストレスを家族に上手く伝える術を持っていなかった。
会話する機会そのものが無かったのである。
「糖尿」をあたかも運の悪い病気のように捉えていた時期に病状が悪化。
倦怠感が酷い時には、通勤時間さえ守れないほどに病気が進行してしまった。
医師から告げられて一年ぐらいは「なんで私が面倒なことに・・・」と
軽い被害者意識を持って受け止めていたように思う。
しかし、面倒なのは逆に生活指導をする医師の方。
私は命を救われている立場なのだ。
「ちゃんと病気と向き合えば、悪化しない」
この言葉を信じたお陰で、病状は安定。
このような家族に向けてのメッセージを発信できるようにもなったのだ。
離婚以来、時間を止めている家族との関係についても前向きに考えようと思っている。
再婚という形では無いのかも知れないが、
私にとっては書類上の離婚話など、もうどうでも良いのだ。
そのための第一歩として、懺悔というと大袈裟ではあるが、
家族のこと、妻のこと、闘病生活のことを振り返ってみたいと思う。