~元妻からの気くばり御膳から娘からの冷凍ディッシュへ~

離婚後に妻の愛を知る

憎しみ合う関係では無かった

感謝の言葉を述べないまま、家を離れてしまった妻。
最後の朝も、私は自室で寝たきりのままだった
それから仕事は退職することを余儀なくされ、人生最悪の時期を過ごすことになった。

妻とは私にとってどういう存在だったのだろう?
出会ってから半年で結婚。
娘も授かり、マイホームも手にすることが出来た。
その全ての幸せの原点に妻という存在があるのだろう

もちろん、このようなことを書いていると妻が知ったら苦笑していることだろう。
病状が回復してきた今、妻に向けてこのような賛辞を送れるまでに
コミュニケーションも可能になったという事が伝わってくれればいいのだ。

娘は驚くかも知れないが、私は昔はこういったお世辞文句も言えた男だったのだから。
せっかくの機会だ
ここで妻との思い出話を残しておくのも悪くはない。
決してお互いが憎んで別れたのでは無いことを、娘に知っておいて欲しいのだ

会話の無かった日々のなかで

娘はまだ家にいた頃だったと記憶している。
私が会社を休むようになった頃の冷蔵庫を覚えてはいないだろうか?
豆腐屋から買ってきた大量の豆腐とおから、豆乳が入っているようになっていたのだ。

もちろん、妻が備えてくれていたのだが、誰が食べていたのか知っているだろうか。
その大半を私は賞味期限に注意しながら、一所懸命に食べていたのだ。
もちろん、糖尿に良いと妻が調べてのことなのだろう

少々乱暴なやり方になっていたのは、
私達の関係が冷えてしまっていたからに他ならないが、
口も聞かない生活の中でもお互いに無視をしていた訳では無いのだ。

娘は離婚ということをマイナスに受け取らない世代だとは思うが、
夫婦愛というのは、何もベタベタすることだけでは無い
つまらない、淡々とした日々の中でも、お互いの存在を尊重する。
これが私達にとっての夫婦という形だったのだと思う。

娘へ

妻が家を出た後、しばらくは妻の部屋へは入ることが出来なかった。
しかし、掃除ぐらいしなくてはと思い立ち、
結婚当初からある鏡台周辺へ近づいたときに、あるメモを発見した。

買い物の際や、ちょっとした伝言などに用いていた乱雑に小さく切り分けた小さなメモ。
そこに書いてあったのは、冷食メーカー販売の低カロリーメニュー一覧表だったのだ。
家を離れる直前まで、私の体調のことを考え、手配してくれた妻。

現在、精神的にも回復できたのも妻の支えがあったからと言えるのも、
確信があってのことなのだ。

家族というものに形を求めるのであれば、娘は丸い球体を思い浮かべるのかも知れない。
しかし、決して合致する面の無い図形通し、
三角と四角が一緒に共存することもあるのだ。

私達家族は離れ離れにはなってしまったが、
決して不幸だったのでは無いし、未来が暗いことも無い

よりよい形を求めてお互いが自由にスペースを使えるようになったのだと受け止めて欲しい。

 
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