結婚して26年目にやってきた離婚。
しかし、 娘も無事に巣立ち、親としての役割は果たせたと思っている。
この病が、娘が幼い頃にやってこなかったことは幸運である。
全てを病のせいにするつもりは無いが、やはり後悔は残る。
食事療法をせずに放置してしまった2年間が全てなのだろう。
妻が私の身体を心配してくれていたことも、当時の私は見えてはいなかったのだ。
まだ、前の職場の営業部長をしていた頃。
休みがちになった私と会社を、必死に繋いでくれていたのは妻だったのだ。
そのことを知って「男の職場に私に断りも無く連絡を」と逆上してしまったのは、
不徳以外の何ものでも無い。
一所懸命に勤めてきた職場も、不自由無くと養ってきた家族も、陳腐なプライド一つで失ってしまったのだ。
が冷凍弁当の「気くばり御膳」を購入してきた時もそうだった。
会話らしい会話が無い生活ではあったが、
食事の用意は毎日しっかりとしてくれていた妻。
それが、いきなり冷凍食品を買い込んだのだ。
もちろん、その際のすれ違いについては妻にも非があると思う。
一言だけ 「低カロリー弁当だから」と言ってくれさえしていれば、
その後の家族の形は変わったのではないだろうか?
いやしかし、そのことも事実は異なるのだろう。
おそらく、当時の私は声も掛けられないほどに絶望し、その一言すらためらわせてしまったのだと思う。
家長であるべき私が、家族を信頼していなかった故に招いた不和だったのだ。
もう少し、冷静に病状を把握し、前向きに受け取れていたのなら・・・。
後悔は尽きない。
髪をもう少し伸ばしたら、ウリ二つ。
そんなことを娘が小学校の頃に妻とよく話していたものだ。
これは甘い考えではあるのだが、娘は私のことを妻の代わりに
見守ってくれているのでは無いかと感じることがある。
娘から合格を貰ったら、再び妻と生活を共にする時が来るのでは?
もちろん、この思いはあっさりと娘に否定されたのだが、
まだ家族と繋がっているのは事実。
私は無理な事だとは全く思っていない。
大きな願いを持つことは、改善に向けて大きな助けともなるのだ。
ふと、娘の手厚い対応に、妻の姿が重ねて見えることがある。
冷凍ディッシュが自宅に届くたびに、娘の顔と同時に妻のことを思い返す。
もう少し改善すれば、医師から再びアルコールの摂取が認められるという話を聞いた。
私の目標は、妻と娘と一緒に食事をすること。
最近の一番の悩みはその際の会場を、寿司屋にすべきか焼肉屋にすべきなのかなのだ。